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K先生というのは、もう70歳をすぎた名誉教授だが、若いときから、インフルエンザウイルスを専攻した内科の臨床医でもあった。 この会には、是非出席してもらいたいと依頼したのだが、あいにく、かぜ気味であるということで欠席していた。
しかし、なにかあれば家にいるから電話してもらいたいということであった。 会議室の隅にあった電話機で、D博士は、九州のK博士のところに電話をした。
TV電話である。 間もなく、画面にガウン姿のK博士が出た。
型どおりの挨拶のあと「いや、みんな困ってるんですよ。 なにかいい知恵はありませんか」と話しかけた。
K博士は、「私も年をとったので、あまり頭が冴えていませんが・・・」と前置きして、次のようにいった。 「こんどの問題は、私も世紀の病気ではないかと思って、関心をもっています。
私自身、定年退官後は、自分で小さな研究室を主宰していますが、いま、その研究所でいろいろと調査しています。 国際的にも、適宜コンタクトしていまして、香港からは、例のウィルスを見つけたという中国人の学者から電子顕微鏡写真の提供を受けています。
もうひとり、別のウイルス学者からは、分離したと称するウイルスも分けてもらっています。 まだ、とても結論めいたことはいうわけにはいきませんが、私がいまやっていることは、過去にあらわれたウイルスに起因する病気の中から、かぜやインフルエンザに似た症状を起こすウイルスの電子顕微鏡写真を取り出して、それと、こんどのウィルスとを比べてみています。

ちょっとこれをご覧ください」と一枚の写真を示した。 「これは、1960年代に流行した、香港型インフルエンザウイルスの電子顕微鏡写真です。
このウイルスの頭の部分と、新型のウイルスの頭の部分が非常によく似ているでしょう。 ご承知のように、インフルエンザウイルスは、絶えず変性していきます。
抗体ができて、自分が生きていけなくなると変性して、元気2人間などに入り込んでいくわけです。 今度のものは変性といっても単純な、いわば薬屋さんがゾロ薬品(他社の製品と類似のもの)をつくるような簡単なものではなくて、複雑で、そこには、人類との闘争もあるし、同時に微生物の世界の闘いもあると思うのです。
私は今、かつてアメリカで起きた、これも1960年代の終わりころのことを思い出しています。 それは、大正の終わりごろに世界的に大流行したスペインかぜが60年も経てから、アメリカの在郷軍人会員の間ではやったということです。
そして、そのスペインかぜのインフルエンザウイルスは、その間どこにいたかというと、実はブタの中で60年間、眠ったように生きていたのです。

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